「ではエントリーナンバーとユニット名を確認いたします。呼ばれた方は返事をしてください」
係員が点呼を取る様に一組ずつ確認を取っていく。

「8番 魔王エンジェルさん」

「はい」
先程ディアマインに絡んできた女性が返事をした。

「あと、9番 ディアマインさん」

「はーい♪」
伊織が可愛らしく返事をする。

「全員いらっしゃいますね。それではオーディションを開始致します」
恐らくこの場に居る殆どの人がゴクリと唾を飲み込んだであろう。

伊織達もその中の一組だった。

ただ一組、隣に魔王エンジェルだけが不敵に笑みを浮かべていた。

(余裕そうじゃない…噂は本当なのかしら?それとも自信があるだけ?)
大舞台のオーディションの緊張からか普段なら気にも留めない様な事を伊織は無意識的に考えてしまっていた。

しばらくすると審査員と思しき3人が会場に入ってくると長テーブルに備え付けられた椅子に腰掛けた。

「はい、この度はお暑い中有難うございます」
湿気に包まれた中、ボーカルの審査員が挨拶が静まり返った会場に静かに響いた。

見れば他の二人は着席してすぐに団扇や扇子で仰いでいた。

「それでは審査を開始する前にそうですね、9番の方、意気込みを一つ」
不意に振られた話しに戸惑う事も無く伊織はいつもの様に笑顔を作った。

「絶対に勝ってみせるんだからっ!」
伊織はいつも以上に元気良く答える。

「まぁ、頑張ってください」
それに対して審査員の言葉は酷く冷めている気がした。

クスッと隣で魔王エンジェルの一人が嘲笑する。

「何なのよ…」
ポツリと小さく呟いてプロデューサーを一瞥するとプロデューサーも笑みを零していた。

(ア・イ・ツ・ま・でぇーーーっ!)

「さて、それじゃあ始めます。位置に着いてください」
その言葉に各々位置に着き審査を待った。

審査開始の合図にメロディが流れ始めた。

所々から歌声やダンスシューズの擦る様な音、叩きつける様な音が聞こえてくる。

(えっと、確か1次審査は均等にだったわよね)
伊織はそれぞれの審査員にプロデューサーの指示通り均等にアピールをしていく。

1次審査は何事も無く過ぎて行き結果が発表される。

ボーカル  魔王エンジェル1位、ディアマイン3位

ダンス    魔王エンジェル1位、ディアマイン3位

ビジュアル 魔王エンジェル2位、ディアマイン1位

結果を聞いて伊織は小さく安堵の溜息を吐いた。

(ビジュアルは当然の結果よね♪どうにか全点取れたわね。だけど、ここからは…)
伊織がプロデューサーを見ると彼は全体を見渡す様にしながら伊織を視線で捕らえていた。

プロデューサーは手が動く。

(ビジュアルアピール?)

2次審査開始

伊織はプロデューサーの指示通りビジュアルの審査員へのアピールをしていく。

「9番カワイイわぁ」
ビジュアルの審査員が伊織に微笑んだ。

「8番のボーカルいいですね」

「8番のダンス、キタねぇ」
そんな審査員の声に隣をチラリと覗くと魔王エンジェルは確かにダンスもボーカルも良い動きをしていた。

何よりこの蒸し暑さの中、平然とアピールをこなしている。

(まぁ、少しはやるようね…次の指示は?)
指示を仰ぐとプロデューサーのハンドサインが伊織の視線に飛び込んできた。

ビジュアル オンリー

(ちょっと何考えてるのよ!)
伊織が幾ら見直してもプロデューサーは指示を変えていなかった。

見ればプロデューサーは伊織達アイドルではなくどちらかと言えば審査員の反応を気にしている様に思えた。

(まったく…)
仕方なくプロデューサーの指示に伊織達は従いビジュアルの審査員へのアピールを続けた。

「ビジュアル全体的に低調ねぇ。あ、9番ちゃんは別よ?」
その言葉に伊織は追い討ちを掛ける様に笑顔を振り撒いた。

2次審査終了

ボーカル  魔王エンジェル1位、ディアマイン5位

ダンス    魔王エンジェル1位、ディアマイン6位

ビジュアル 魔王エンジェル4位、ディアマイン1位

点差6

(負けてるじゃない!)
結果を聞いた途端に言いも知れないプレッシャーが伊織達にのしかかる。

点差は6。限りなく0に近いが勝てない数字ではなかった。

全てのジャンルで3位以内に入り且つ魔王エンジェルが何かしらのミスをおかしてくれれば…。

自分達のペースを乱す様な足音がカツカツと今の伊織達にははっきりと聞こえていた。

聞いてはいけない音。

そうとは解っていても伊織達の耳にはお構い無しにその音は入ってくる。

Here we go!!のリズムを崩す足音が耳に残ってしまった不安を抱えながら伊織達は3次審査を待っていた。

3次審査開始

湿気と暑さに息も絶え絶えになりながらも伊織達は必死に笑顔で歌い、踊り続けていた。

中盤に差し掛かった頃、プロデューサーの指示は未だにビジュアルのアピールのままだった。

ビジュアル審査員へのアピールを続ける伊織達の隣で魔王エンジェルがわざとらしくアピールを始める。

クスクスと嘲笑う声が聞こえてくる。

その笑い声は間違いなくディアマインに向けられている物だった。

(くっ!)
そのハッキリとした悪意に伊織の視界が次第にぼやけていった。

(負けたくない、負けたくない!)
それでも尚、プロデューサーの指示に従い伊織達はアピールを続けていた。

コンコンコンコン

今度は先程とはまた違った聞きたくない筈の音が聞こえてくる。

それに加え無意識にオーディション終了を意識してしまっているのか時計の針の音まで聞こえてくる様な気がした。

カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ
   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ   コッ
    コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン コン

(うるさい…うるさい、うるさいっ。うるさーーーーーーーーーーーーーーいっ!)
伊織はその音を振り払う様に大きく髪を振った。

(私を、私達を馬鹿にした奴らなんかに…着任したばかりのアイツを馬鹿にした奴らなんかにっ!)
そう思う気持ちとは裏腹に伊織の瞳からは自分ではどうにもならない、負けを予感した悔しさが雫となって頬を伝っていった。

アピールをしようとした時、視界がぼやけていた所為か足が絡まり伊織はつまづいてしまった。

「くっ」
ポタポタッと涙と汗の両方が床に飛び散った。

悔しさと惨めさで伊織はほんの一瞬立つ事が出来なかった。

やよいも雪歩も伊織に声を掛けようとはしなかった。

二人とも思いは同じだった。

(折角のチャンスだったのに…このまま負けるのは…嫌よっ!)
グイッと涙を拭い立ち上がると伊織はプロデューサーを見上げた。

「ぁ…」
プロデューサーを見て伊織は我を忘れ小さく声を漏らした。

プロデューサーは今までとは違いしっかりと切れ長の眼を開いて伊織を見つめていた。

そして小さく口端を持ち上げた。

(何よっ!指示よこしなさいよっ!)
ダンスに戻りながら伊織は瞳でそう訴えかける。

残るアピールポイントは4回

プロデューサーの指示は

ボーカル ボーカル ダンス ダンス…

明らかに出遅れていた。

伊織はじっとプロデューサーを見つめた。

(信じていいのね?)
そう読み取ったのかプロデューサーは伊織に優しく微笑んだ。

伊織は小さく頷くと審査員へのアピールを開始した。

(ボーカル ボーカル ダンス ダンス…賭けてみるしかない)
少なからず自分が期待をしたプロデューサーを信じる以外に方法は無かった。

終盤に差し掛かり他のユニットも流行に合わせたアピールが集中する中、伊織達も必死に食い下がった。

あのうるさい音はまだ聞こえている。

それでも伊織達ディアマイン4人の気持ちは一つだった。

(勝ちたい!)

ボーカルアピール

「7番、もっと頑張った方がいいわね」

ボーカルアピール

「あら!8番のボーカルいいわね!」

(ボーカルがダメなら…!)

ダンスアピール

「9番やる気あるの?」
ダンス審査員の表情は険しかった。

(だめなの…?)
負けると言う言葉が伊織の脳裏にちらついた。

ダンスアピール

最後のアピールを伊織が終える。

……

(終わった…)
今まで以上に涙が溢れてくる。

伊織はオーディションのプレッシャーと気候の所為で体力が奪われた疲れでがっくりとその場に膝をついて座り込んだ。

審査終了を告げる最後の審判を待つ1秒は永遠にも感じられた。

ガタッ

と前方から異質な音がして伊織はビクッと身体を震わせた。

「暑いわねぇ…あぁ、なんかもう飽きたんで帰りますね」

「へ?」
驚いて見上げるとそこにはボーカルの審査員の後姿が徐々に小さくなっていた。

「俺も帰るから、後はよろしく〜」
目の前に居るダンスの審査員はそう言うとビジュアルの審査員の肩をポンポンと叩きキャップを逆に被るとボーカルの審査員に続いた。

「あらあら、私だけが評価していいのかしら。じゃあ、すぐに合格者発表するからちょっとだけ待っててね」
そう言いながらもビジュアルの審査員は嬉しそうに微笑みながら最後にチラリと伊織に視線を移した。

何が起こっているのか理解出来ずにいた伊織は近付いてきたプロデューサーを見上げた。

プロデューサーは「ククッ」と不敵な笑みを零していた。

しかし表情は先程までとは違いいつもの様に眩しそうに薄目を開けていた。

「お疲れ様、伊織」

「え?あ。う、うん」

「お疲れ様。やよい、雪歩」

「お疲れ様ですー!」
「お疲れ様でした」

「さ、結果発表まで少し休もうよ。まぁ結果はいわずもがな…」
3人の背中を押してプロデューサーは歩き出した。

控え室で15分程の小休止の後、エントリーしたユニットは再び会場に呼び戻された。

そしてビジュアルの審査員から結果が発表される。

「今回の秋の祭典に出演していただくのは…」
発表を待ちながら伊織達は鼓動が早くなるのを感じていた。

プロデューサーは変わらず薄く笑みを零している。

「9番のディアマイン!おめでとう!本番近くなったら連絡するから待ってて頂戴ね」

「うそ…」
伊織、雪歩、やよいはそれぞれ自分の耳を疑いそして顔を見合わせた。

「勝った…?」
伊織が審査員を見ると審査員は優しく微笑んだ。

「カワイかったわよぉ♪」
次いでプロデューサーを見るとプロデューサーはコクンと一度頷いた。

「や…やったーーーーーーーーーーーーーっ!」
1分程の間を経て実感が込み上げてくる。

伊織とやよいは笑いながら、雪歩は泣きながらお互いに手や頬を寄せて喜びを確かめ合っていた。

審査結果を聞いて他のユニット達が方々に散り始めた。

「納得行かないわね」
小さく声を上げる女性が一人。

魔王エンジェルのリーダーだった。

「こんなのはただ運が良かっただけよ。実力じゃないわ」
オーディション前の光景がフラッシュバックされる。

女性は再びプロデューサーに食って掛かった。

「運かぁ。まぁそう言う時もあるよね」

「取柄とか才能の差ではないわね」

「そうかもね」
にべも無いプロデューサーの受け答えに女性は憤りを隠せない様子だった。

「っ!」
キッとプロデューサーを睨む。

「あーぁ、だから言ったのに…吠え面かかないようにってさ」
そう言うとプロデューサーは静かに女性を見据えた。

「人を甘く見ない事だよ。外面だけじゃ解らない才能は誰でも持ってるんだから」
言い終えるといつもの表情に戻る。

「敗軍の将、兵を語らずってね」

「…」
言葉通りの意味で女性は何も言い返す事が出来なかった。

「まぁ少しは伊織達の取柄と僕の才能を解って貰えたかな?」

「くっ」

「ははっ、悔しそう。買収してたのかどうかは知らないけど色んな事があるんだよ。強いて言うなら伊織達を馬鹿にした罰だと思ってまた頑張りなよ」
プロデューサーは右手を軽く挙げるとそのまま歩き出した。

プロデューサーがしばらく歩いていると出口で伊織が出迎えてくれた。

「おや?他の二人は?」

「帰ったわよ、ものすごい疲れてたみたいだから」
伊織が不満そうに言う。

「伊織は僕のお出迎え?」

「んなっ!そんなわけないでしょっ!」
顔を真っ赤にして否定する辺りどうやらそうらしいとプロデューサーは薄々感づいていた。

「ちょっと話しがしたかっただけよ」

「そっか。じゃあ帰りながら話そうか」
そう言ってプロデューサーが歩き出す。

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
伊織もすぐにプロデューサーの後を追いかけた。

外はすっかり夕暮れ時と言うに相応しい位、昼間の暑さはどこへやら涼やかな風が時折二人を撫でていった。

しばらく会話の無いまま歩いてようやく伊織が口を開く。

「審査員が帰るの、アンタ予想してたの?」

「ん〜」
プロデューサーは考える様に首を捻った。

「早く答えなさい!」

「半分してた、半分してなかった」

「はぁ?」

「今日の暑さできっとイライラしてる筈だとは思ったから半分してた。今日が晴れずに気温も高くなかったらそう思わなかっただろうからしてなかった」

「解ったような解らないような…じゃあ何本当に何も考えて無かった訳?」
伊織が言うとやれやれと言った感じでプロデューサーは頭を振った。

「何度言わすのさ…」

「うぅ…」

「予想してたかどうかって質問が間違ってるんだよ」

「じゃあ何よ」

「『帰るかどうか予想した』んじゃなくて、『帰る様に仕向けた』が多分正解だな」
うん、と自分で言いながらプロデューサーは納得していた。

「どの辺でそうしようと思ったのか教えなさいよ」

「人に物を頼む態度じゃないんじゃ…」

「教えなさい!」

「まったく…1に伊織との会話。めんどくさそうだった」

「そうね…思いだしただけでもムカつくわ!」

「2に2次審査の時のダンス審査員の貧乏揺すり。3に3次審査が始まってすぐのボーカル審査員のペン。カツカツコンコンうるさかったでしょ?」
そう言われて伊織は音の元凶がなんだったのか初めて気がついた。

それぞれの審査員が苛立って発していた音だと言うことをプロデューサーは見抜いていた。

「4に流行への執着。そーんなイライラしてる時にわらわらと寄ってたかってアピールされてご覧よ?暑苦しいったらないよ?」
はははっとプロデューサーは笑った。

「アンタ、そこまで全部見て考えてた訳?」

「一応ね」
「すごい…」と言いそうになったのを伊織は必死に押さえた。

「ふ、ふーん」
かえってぎこちない返事がプロデューサーの直感に悟られてしまっていた。

「素直じゃないんだから」

「なによ!」

「いいえ、別に」

「フン!」

「まぁ、二人帰しちゃえば後はビジュアルを落とさなければ勝てるでしょ。言わばそれがぼくにしかできないやり方かな?」

「それが特別枠たる謂れ、ね…。それでビジュアルアピールが多めだったのね、気でも狂ったのかと思ったわよ」

「酷い言われ様だな…」

「自業自得よ」

「言ったでしょ?伊織達を活かしながらディアマインも生かすって。言葉通りになったと思わない?」

「フン!」
確かにその通りだと思いながらも伊織は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「フン!て…」

「ま、まぁ結果として勝てた訳だし、少しは出来るようだから」

「少して…」

「うるさいわね!もう少し交代しないであげるわよ」
少し頬を染めながら伊織はそうプロデューサーに告げた。

「はいはい、頑張りますよ…」

「不満なわけ!?」

「いいえ、滅相もございませぬ」

「次回も私のカワイさを活かせる様に死ぬ気で頑張りなさいよね!」
そう言い残し伊織はプロデューサーを置いて駆けて行った。

「あ、ちょっと!」
伊織の走っていく先には一台のリムジンが停まっているのが見えた。

「まったく。…もう少し交代はしない、か」
プロデューサーはポツリとそう呟くと小さくなる伊織の後姿を静かに見つめていた。

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